宇都宮地方裁判所 昭和49年(ワ)267号 判決
原告
高津戸シン
被告
丸栃物産株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは各自原告に対し、金九四六万四七五七円及び内金八八六万四七五七円に対する昭和四八年七月二三日以降、内金六〇万円に対する本判決確定の日の翌日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は三分し、その二は被告らの、その余は原告の各負担とする。
四 この判決は、被告らそれぞれにつき二五〇万円の担保を供するときは、当該被告に対し仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 原告
1 被告らは各自原告に対し、一五八一万二九五六円及び
(一) 内金一四八一万二九五六円に対する昭和四八年七月二三日以降、
(二) 内金一〇〇万円に対する本判決確定の日の翌日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
二 被告ら
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二主張
一 原告の請求原因
1 (交通事故)
日時 昭和四八年七月二三日午後二時三〇分ごろ
場所 栃木県塩谷郡高根沢町大字石末四四六番地先町道
加害運転者 被告阿久津裕一
加害車両 被告会社所有の普通乗用自動車(栃55ぬ五五七六)
被害者 原告
2 (事故の態様及び責任原因)
右交通事故は、被告会社が同会社のために運行の用に供している右加害車両によつて惹起されたものであり、これを運転していた被告裕一は、スピードを出し過ぎ、前方注視不十分のまま、たまたま自転車で同一方向に走行中の原告を漫然と追い越そうとしてこれに追突したものである。
したがつて、被告会社は自動車損害賠償補償法三条の、被告裕一は民法七〇九条の各規定に基づき、右交通事故により原告の被つた損害を賠償すべきである。
3 (受傷の程度)
原告が右交通事故により被つた受傷の程度、右受傷に伴う治療の経過は次のとおりである。
(一) 背部腰部両大腿部打撲傷、左膝関部打撲裂傷等により宇都宮市内谷口整形外科医院において、事故当日である昭和四八年七月二三日から昭和四九年三月二六日まで(二四七日間)入院治療
(二) 陳旧性頸部挫傷、腰部打撲、両大腿部打撲による股関節拘縮等により宇部宮市内高瀬整形外科医院において、昭和四九年四月一六日から昭和五〇年六月八日まで(四一九日間)入院治療
(三) 次の(四)の後遺障害により栃木県塩谷郡塩原町国立塩原温泉病院において、
(1) 昭和五〇年六月一一日から昭和五一年四月二八日まで(三二二日間)入院治療
(2) 昭和五一年四月二九日から昭和五二年三月一五日まで通院治療
(四) 腰痛、頸部痛、左上肢放散痛兼左上肢運動障害が後遺障害(本件事故当時の自賠法施行令所定の後遺障害第七級第4)として残存し、労働能力の五六パーセントを喪失した。
4 (損害額)
原告が右交通事故により被つた損害の数額は次のとおりである。
(一) 療養費 一八〇万八九八七円
(1) 3の(一)の谷口整形外科医院費用 六二万円
(ただし、自賠責保険金五〇万円、被告会社からの一二万円を充当)
(2) 3の(二)の高瀬整形外科医院費用 七六万一四一〇円
(3) 3の(三)の国立塩原温泉病院費用 五五万三五七七円
(4) 3のとおり順次入院をした間の雑費一日五〇〇円の九八八日分 四九万四〇〇〇円
(二) 逸失利益 五九一万三九六九円
(1) 原告は農家の主婦であるところ、右各入院中農業及び家事に従事することができなかつたことによる休業損害(本件事故のあつた昭和四八年の賃金センサスによる四九歳(当時の原告の年齢)の女子労働者の平均年収九八万六〇〇〇円を基準としてその二年八月分を算定) 二六七万〇四一六円
(2) 原告は、3の(三)の退院時(五三歳)からなお七年間(六〇歳まで)は稼働可能であるところ、右平均収入の七年分のうち前記後遺障害による労働能力喪失率五六パーセントに相当する分から中間利息を控除した逸失利益 三二四万三五五三円
(三) 慰藉料 九一八万円
(1) 入院二年八月半(九八八日)、通院一〇月半の精神的損害 五〇〇万円
(2) 後遺障害による精神的損害 四一八万円
(四) 本訴追行のための弁護士費用 一〇〇万円
5 よつて、原告は被告らそれぞれに対し、右(一)ないし(三)の損害金合計額から受領済みの自賠責保険による後遺障害保険金二〇九万円を控除した一四八一万二九五六円及びこれに対する事故当日である昭和四八年七月二三日以降、並びに右(四)の一〇〇万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日以降、各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告らの答弁及び抗弁
1 請求原因1、2の事実は認めるが、同3、4の各(一)ないし(四)の事実は知らない。同3の(二)ないし(四)の事実及びこれに関する右4の各事実と本件交通事故との因果関係は否認する。
2 (抗弁)
本件事故発生地点は、道路の片側幅員が約三・三メートルであるところ、原告は道路左端を走行すべきであるのに右事故当時右道路の側端から中央部に向かつて約二・一メートルの辺りを走行していた。
したがつて、本件事故の発生については原告にも過失があり、本件賠償額の算定に当たり斟酌されるべきである。
三 原告の答弁
右抗弁事実は否認
第三証拠関係〔略〕
理由
一 請求原因1、2(前後)の各事実は当事者間に争いがない。
右各事実によれば、被告らには、それぞれ本件交通事故による原告の損害を賠償すべき責任がある。
二 そこで、本件交通事故による原告の受傷の程度及び損害の額について検討する。
1 (治療関係 一七三万四七五七円)
成立に争いのない甲第六、第七、第一一号証、第四二ないし第八二号証、証人高津戸公太の証言及び弁論の全趣旨により成立を認める甲第一二ないし第三九号証、右証人の証言及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、本件交通事故により、請求原因3(一)(二)のとおりの傷害を負い、右(一)(二)のとおり通算六六六日間の入院治療をし、右(二)の高瀬整形外科医院に対し入院等費用として合計七六万一一三〇円を支払つていること(右(一)の入院治療に要した谷口医院に対する支払分については、自賠責保険金及び被告会社からの出えんにより決済されたとして、原告において計算上除外しているので、その分の判断はしない。)、右高瀬医院を退院してから、同医院の勧めもあつて引き続き予後治療のため同3(三)の国立塩原温泉病院の診断を受け、同病院に、昭和五〇年七月初旬から昭和五一年四月二七日ごろまで入院、同年五月から昭和五二年三月まで一八回ほど通院し、同病院にその費用として合計五八万三六二七円を支払つていることが認められる。成立に争いのない乙第三号証には、原告の本件交通事故による傷害は昭和四九年四月には全治している旨の記載があるが、前掲各証拠に照らして右認定を左右する資料とするには足りない。また、原告が右(一)から(三)までの入院期間中相当の諸雑費を要したであろうことは、経験上容易に推測し得るが、入院期間等諸般の事情(弁論の全趣旨により成立を認める甲第四〇、第四一号証により認められる高瀬医院入院中にコルセツト代一万一二〇〇円を支出している事実を含む。)を考慮して(一)(二)の入院期間中における本件交通事故と相当因果関係のある諸雑費は三〇万円(一日四〇〇円として計算の上、端数分二万二四〇〇円を加算)、右(三)の入院期間中のそれは九万円(一日三〇〇円の三〇〇日分として計算)を要したものと認める。
2 (休業損害 三三〇万円)
成立に争いのない甲第八号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、大正一二年一〇月一二日生まれ(本件事故当時四九歳)の農家の主婦であり。かねがね農業及び家事に従事していたことが認められるので、右各入院期間中(三三箇月間)右仕事に従事することができなかつたことにより、当時の原告と同じ年齢の女子雇傭労働者の平均的賃金に相当する財産上の収益を挙げることができず、これに相当する損害を被つたと認めるのが相当である。その額は、昭和四八年から昭和五一年までの各「全国性別・年齢階級別・年次別平均給与額表(一般労働者)」(「賃金センサス」による。)の「女子労働者」の年齢「45~49」及び「50~54」の各年間給与額を参考として、原告が入院期間中に得られたであろう収入を年平均一二〇万円と見た上、前記月数に照らして三三〇万円と認める。
3 (後遺障害による逸失利益 三九二万円)
次に、成立に争いのない甲第八三、第八五号証及び原告本人尋問の結果(第一、第二回)によれば、原告は、前記のとおり昭和五一年四月末ごろ国立塩原温泉病院を退院して後も、右下肢に知覚障害があつて起立する際にはつかまり立ちをする状況であり、歩行はは行状態で一本杖を必要とし、また、左手にしびれ感、脱力感があり左手の握力が減退していて日常生活に支障があること、もつとも、原告が自賠責保険による給付を受けるため後遺障害についての診断を受けた昭和五二年三月当時主な自覚症状として訴えていた腰部、頸部、左上肢の痛みは、その後、気候の変り目や天気次第で感じられることがあるという程度になつていることが認められる。そして、既に認定した一連の経過によれば、右の諸症状も本件交通事故によるものと認めて差し支えないが、さりとてこの因果関係については、医師による特段の判断資料が提出されているわけではなく、原告の年齢や過去の生活歴に伴う他の要因が加わつている疑いもないとは言い切れないものである。これらの諸事情によれば、本件交通事故による原告の後遺障害は、期間の経過や事の推移を全体的に見通して「神経系統の機能に障害を残し、服することができる労務が相当程度に制限されるもの」(本件交通事故当時の自賠法施行令所定の後遺障害第九級14)に該当し、労働能力の三五パーセントを失つているものと認めるのが相当である。成立に争いのない甲第八四号証によれば、原告は自賠責保険の関係において、主張に係る後遺障害第七級4の認定を受けていることがうかがわれるが、これをもつて直ちに右認定判断を左右する資料とするには足りない。そして、原告の主張するとおり同人が前記のとおり退院して後五三歳から六〇歳(昭和五八年一〇月)に達するまでの七年間本来稼働可能と見るのは相当であり、その間に本来得られるであろう収益は、昭和五一年から昭和五四年までの前記と同じ表の年齢「50~54」及び「55~59」の女子労働者年間給与額を参考として年間平均一六〇万円の七年分一一二〇万円と見ることができるので、原告の前記後遺障害による逸失利益は、その三五パーセントに相当する三九二万円と認める(なお、原告が六〇歳に達するまでの残余年数と収入予測の見方等に照らし、右逸失利益のうちの将来分についても中間利息は控除しないこととする。)。
4 (慰藉料 二〇〇万円)
本件交通事故による原告の受傷・後遺障害の程度、他方、原告は、受傷の度合によつたこととはいえ、長期にわたり、十分と思われる入院治療を受けていること、その間の治療費、休業損害、逸失利益等の認定判断は前記のとおり原告の主張額を上回つて行われていること。本件交通事故の時期等の諸事情を斟酌して、本件交通事故により原告の被つた苦痛に対する慰藉料は、後遺障害分をも含めて合計二〇〇万円をもつて相当と認める。
5 弁護士費用 六〇万円)
原告が被告らに対して本件損害賠償を求めるにつき弁護士を選任して本訴を提起したのはやむを得ない措置であつたと認められ、本件訴訟の難易度、右1~4までの判断及び原告が自認に係る後遺障害保険金二〇九万円を受領している事実に照らして明らかな本訴における請求認容額等に照らして、原告が弁護士に支払うべき報酬のうち、本件交通事故との間に相当因果関係の認められる分は六〇万円をもつて相当と認める。
三 (抗弁について)
成立に争いのない甲第四、第八、第九号証、原告(第一回)及び被告阿久津裕一各本人尋問の結果によれば、本件事故現場は幅員五・八メートルのアスフアルト舗装を施した見通しのよい直線道路であるところ、原告は本件事故当時左端から二メートルぐらいの中央寄りを走行していたが、同所は交通量の少ない非市街地であつて、道路の際にはみぞが設けられていたこと、被告裕一は、進行方向に幾分下り坂となる右道路を時速約七〇キロメートルで進行し、たまたま対向車の接近に出合つて急拠ハンドルをやや左に切り、ブレーキを掛けながら約三〇メートルのスリツプ痕跡を残して停車したが、その際、警笛の吹鳴もしないまま自車を同一方向に進行中の原告の自転車に追突させて原告を路上に転倒させたものであること(右事実中請求原因2掲記の事実は前記のとおり当事者間に争いがない。)が認められ、他に特段、原告に対する本件交通事故による損害賠償の額の算定につき考慮しなければならないような原告の過失があつたことを認めることはできないので、抗弁は理由がない。
四 以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告らそれぞれに対し、前記二の1から4までに認定した損害額合計一〇九五万四七五七円から原告が受領していることを自認する後遺障害保険金二〇九万円を控除した八八六万四七五七円及びこれに対する本件事故の日である昭和四八年七月二三日以降、並びに前記二の5に認定した六〇万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日以降、各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 奥平守男)